雛菊の剣

山中に対峙する九郎と七郎。肩で大きく息をし、疲労の色濃い九郎に比べて、七郎は涼しい顔をして薄ら笑いを浮かべている。
「土下座して『助けてください』って泣きながら言ってみな」
九郎は静かに七郎の目を見ている。
「化け物野郎は可愛げがないな。しょうがない。お前の体が壊れていくのを?じっくり楽しませてもらうよ」
七郎がゆっくりと九郎に近づきながら、火薬玉を飛ばす。九郎は後ろに吹っ飛び、次々と木が折れていく。
「いやぁ、派手だなぁ。お前、自分から後ろに飛んで火薬の威力を抑えてるつもりだろうけど、もうその体限界じゃないのか？」
九郎がよろよろと立ち上がる。
「痛そうだな。こりゃぁ、やりがいがある」
剣になっていた九郎の腕は、もう元に戻っている。
「もう、攻撃する気力もなしか。じゃあ、そろそろ完全に破壊してやるよ」

七郎が火薬玉で九郎を後ろに吹っ飛ばす。吹っ飛ばされた九郎を追い、次々と火薬玉で九郎を飛ばしていく。進行方向を防ぐ木は砕け散る。やがて、九郎は開けた空間に飛び出た。空で三日月が心地良さげに輝いている。鼻をつく臭い。九郎の下には硫酸の池が広がっていた。七郎の勝利の笑いが響く。
「溶けろ！溶けちまえ！ひーっひひっひ！」
七郎の顔が急に引き締まった。
『なぜ池に落ちた音がしない』
七郎を照らす月の光が急に陰る。危険を感じて後ろに飛ぶ七郎。七郎の立っていたところに九郎が物のように落ちてきた。
『こいつ…いったい何が起きた』
ゆらりと立ち上がった九郎の虹彩は金色になり、左腕が肩からなくなっていた。
「化け物め」
「ああ。力を使うたびに気が狂いそうになる。どんどん人じゃなくなっていく気がする」
「力…お前、一郎兄貴と同じ力が使えるのか!?」
「俺は跳べないよ」
「じゃあ、どうして池に落ちてないんだ！」
「運んでもらった」
「運んでもらった…」
七郎は肩と頭を何者かに掴まれた。それが大きな生き物だと感じたとき、九郎の哀れみの眼差しが目に入った。七郎の上に乗った大きな鷹は、頭を掴んでいた足をひねった。骨の折れる嫌な音がして、七郎は物と化した。睨み合う大鷹と九郎。
「戻れ」
九郎の呼びかけと同時に大鷹が九郎を襲う。大鷹は両足で九郎の双肩を掴もうとするが、九郎に弾き飛ばされる。九郎と大鷹のいつ終わるとも知れない闘いが続く中、いつの間にかまわりの木に数十羽のカラスがとまっていた。

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